部活の写真も撮り終えたことだし、ここらで一度振り返ってみようかと。
小学4年生 スポ少に誘われる。
小学5年生 スポ少に入る。ただしレベルは非常に低く、ほとんど温泉卓球レベル。
小学6年生 スポ少継続中。
ここからは細かく。
中学1年生 もともと入るつもりはなかったのに、なぜか卓球部に入る。
初めのころは初心者用のラケットを使っていたものの、5月ごろにラケットを買う。
ラケットはオクスフォードのFL、ラバーは両面ともスレイバーELの中。
初めのうちはまぁ楽しければいいや、みたいな感じで結構適当にやっていた。
適当にやっていたため周りのメンバーに置いて行かれてる感じで、強くはなかった。
サーブだけは好きだったから結構上手くなっていたが、それ以外は……といった感じ。
9月ごろにラバー替え。フォア面をスレイバーFXの厚に。
先輩にループドライブを教わり、練習。自分に合っていたのかすぐできるようになり、
先輩に褒められる。実際にループドライブの回転は当時も悪くはなかったと思う。
スレイバーFXだったためコントロールも良かった。その頃はループドライブを中心に練習。
その頃の試合でループドライブを中心に戦い、勝ったというときがあり、その試合での
ループドライブを先輩に褒めてもらい、嬉しくてまたループドライブばかりやっていたのはいい思い出。
冬くらいからスピードドライブとかスマッシュとかも結構練習しだす。
サーブの方はどんどん種類・回転量などを増やしていき、中2までにYGサーブを(一応)会得。
このあたり(中1の終わり〜中2の初め)のこと。
とある人物の何気ない言葉で、真面目に練習することを決意。
あの人は対して何も考えていなかったんだろうけど、俺はそれのおかげでやる気でた。
サーブ類をどんどん鍛え、ドライブも練習。
この頃に今の俺の卓球のスタイルが築かれ始めてきた。
もともと足は結構速かったのでそれを利用しフットワークを思いっきり使った戦法。
常にバック側に陣取り台から出た球はほぼすべてをドライブで打つというもの。
5月ごろにラケット替え。先輩のすすめにより、
ラケットはティモボルスパークのFL、ラバーは両面ともハモンドの特厚。
ちなみにこの頃先輩の引退試合で前のラケットを貸し、そのラケットは今でも帰ってきていない(泣
7月ごろ。俺は後輩への指導も熱心にやっていたが、後輩たちはサボってばかりだった。
で、後輩を叱ったんだけど、その後輩が先輩に泣きつき、逆に俺に文句が。
そのあたりから冷めて来て、後輩への指導をやめていく。
それと同時にどんどん、「間違ったことでも自分に関係ないなら見て見ぬふりをする」という
ようなことを覚えていく。全部をただそうなんて馬鹿らしい。正義感なんて無駄。そんな感じ。
その頃の俺自身のプレーは、安定感が今以上になかった。
ハモンドシリーズをうまく扱えず、スレイバーシリーズのように表面で擦ろうとしていた。
しかもドライブも当時は食い込ませるタイプではなく、表面で擦り上げる打ち方だった。
さらに、この頃のスマッシュ・ドライブの打ち方は体全体を大きく使い、肩も使った大振りだったため、
肩が異常に弱かった俺は肩を壊してしまう。
肩を痛めていた時代は試合にもあまり出ず、練習してもまたすぐ痛めていた。
ずっとそんなのじゃダメだと思い、打ち方を変更。肩を使わずに腕と体重移動を使う打ち方に。
だがそれだとスピード・回転が落ちてしまうため、その分を取り戻すために筋トレを始める。
9月ごろ。なんとなく新しくラケットを買う。
ラケットはオクスフォードのFL(再び)と、スレイバーFXの特厚、モリストLPの薄。
前陣異質を中心にプレー。この頃はドライブも食い込ませる打ち方をするようになっていた。
ついでにカットマンの打ち方も多少覚え、オールラウンダーとして練習。
ちなみにこのあたりで先輩にラケット(ティモボルスパーク+ハモンドのやつ)を盗まれる。
この頃から「少しずつ」筋トレの成果も出てきて、卓球もどんどんうまくなっていった。
12月ごろ。出場した団体戦でのこと。市でトップクラスの選手と試合することに。
頑張って戦い、なんとか1セットとりつつも敗北。だが、1セット取ったおかげでうちの学校は
流れに乗り、団体としては勝利できた。この相手から1セット取れたのは嬉しかった。
他の学校との試合。相手の学校のエースとの試合。1セット目、2セット目は敗北。
だが、奇跡が起こったのは3セット目。
俺の調子が良かったのか作戦が良かったのか相手の調子が悪かったのか両方なのか。
11:0でラブゲームを取る。完全なる圧勝。めっちゃ嬉しかった。
だけど、調子に乗ってたら4セット目はふつーに負けたww
俺はこの頃が絶頂期だったな〜。
この頃のスマッシュが一番良かったし、ドライブも良かった。カットもちょっと覚えたし。
前陣異質型としてもまぁまぁ練習してたから、この頃がピークだわな。
2月ごろフォア面を張り替える。ハモンドプロαの特厚。
だが、ハモンドシリーズは表面で擦ることが難しいため、サーブが思うようにいかなかった。
そのため、粒高の利点が失われ、俺が最も弱い時代に突入。
3月の終わりに妹がスポ少をやめたため、妹のラケットを貰う。
しかし、使い方が非常に悪く、ラバーが死んでいた。
だが他のラバーがなかったので、それを使って女子と試合したが、敗北。
前述の通りハモンドシリーズはサーブで擦るのが難しいので、
裏面に回転のかかるラバーが欲しかったのだが、裏面は死んだスレイバーELだった。
中学3年生
5,6月ごろにラバー替え。買ったのはバック用のタキファイア・ドライブの厚。
このあたりでようやくハモンドプロαをほぼ完全に扱えるようになっていく。
7月、引退。引退後も部長が引退するまでは毎日部活へ行っていた。
引退した頃、知り合いからラバーを2枚貰う。タキネスCと、WINNINGだっけ?そんな名前のラバー。
両方とも高粘着性で、ハモプロと入れ替えて使ってみたのだが、両面とも高粘着性だと
相手の回転の影響が大きく、粒高相手が面倒だったためやめた。
タキネスはオクスフォードのフォア面に流用。WINNINGは棚にしまってある。
8月、夏休み中はたまに行く程度。
2学期。後輩と色々あるので、週に何度か部活に顔を出す程度。
部活やめてからずっと卓球したくてたまらないもんで、結構打ってたりする。
今の打ち方はハモプロのラケットでは、ハモプロが表ソフトのような特徴を持っていることを活かし、
スマッシュはハモプロ、ドライブはタキファイアで打つことが多い。
無論どちらかというと、であって、両方ともで両方の打ち方は多く使う。
粒高のラケットでは、以前と同じようにオールラウンダーとしてプレーすることが多い。
最近一番多く使う打法は、粒高ドライブ。粒高の面でドライブを打つようにして入れる打法。
他の人が使ってるところは見たことない。でも、タキネスの思いっきり回転のかかったドライブとの
変化が激しいので、カットマン相手に結構効果を発揮する。
あとは、ペンの持ち方でプレーすることも。(俺は基本シェークなんだけど、なぜかペンの方が強い)
粒ペン(バックは裏面打法で)や、ペンドラ、ペンドラ(粒高で裏面打法)、中ペンなんかをやってたり。
高校に行ってから卓球部に入る気はないので今は練習というより、楽しむためにやっている。
こんな感じ。
これが俺の卓球の歴史ってとこだね。5年(実質は2年半)だけだけど、結構色々あったな〜。
というわけで、以上。
小学4年生 スポ少に誘われる。
小学5年生 スポ少に入る。ただしレベルは非常に低く、ほとんど温泉卓球レベル。
小学6年生 スポ少継続中。
ここからは細かく。
中学1年生 もともと入るつもりはなかったのに、なぜか卓球部に入る。
初めのころは初心者用のラケットを使っていたものの、5月ごろにラケットを買う。
ラケットはオクスフォードのFL、ラバーは両面ともスレイバーELの中。
初めのうちはまぁ楽しければいいや、みたいな感じで結構適当にやっていた。
適当にやっていたため周りのメンバーに置いて行かれてる感じで、強くはなかった。
サーブだけは好きだったから結構上手くなっていたが、それ以外は……といった感じ。
9月ごろにラバー替え。フォア面をスレイバーFXの厚に。
先輩にループドライブを教わり、練習。自分に合っていたのかすぐできるようになり、
先輩に褒められる。実際にループドライブの回転は当時も悪くはなかったと思う。
スレイバーFXだったためコントロールも良かった。その頃はループドライブを中心に練習。
その頃の試合でループドライブを中心に戦い、勝ったというときがあり、その試合での
ループドライブを先輩に褒めてもらい、嬉しくてまたループドライブばかりやっていたのはいい思い出。
冬くらいからスピードドライブとかスマッシュとかも結構練習しだす。
サーブの方はどんどん種類・回転量などを増やしていき、中2までにYGサーブを(一応)会得。
このあたり(中1の終わり〜中2の初め)のこと。
とある人物の何気ない言葉で、真面目に練習することを決意。
あの人は対して何も考えていなかったんだろうけど、俺はそれのおかげでやる気でた。
サーブ類をどんどん鍛え、ドライブも練習。
この頃に今の俺の卓球のスタイルが築かれ始めてきた。
もともと足は結構速かったのでそれを利用しフットワークを思いっきり使った戦法。
常にバック側に陣取り台から出た球はほぼすべてをドライブで打つというもの。
5月ごろにラケット替え。先輩のすすめにより、
ラケットはティモボルスパークのFL、ラバーは両面ともハモンドの特厚。
ちなみにこの頃先輩の引退試合で前のラケットを貸し、そのラケットは今でも帰ってきていない(泣
7月ごろ。俺は後輩への指導も熱心にやっていたが、後輩たちはサボってばかりだった。
で、後輩を叱ったんだけど、その後輩が先輩に泣きつき、逆に俺に文句が。
そのあたりから冷めて来て、後輩への指導をやめていく。
それと同時にどんどん、「間違ったことでも自分に関係ないなら見て見ぬふりをする」という
ようなことを覚えていく。全部をただそうなんて馬鹿らしい。正義感なんて無駄。そんな感じ。
その頃の俺自身のプレーは、安定感が今以上になかった。
ハモンドシリーズをうまく扱えず、スレイバーシリーズのように表面で擦ろうとしていた。
しかもドライブも当時は食い込ませるタイプではなく、表面で擦り上げる打ち方だった。
さらに、この頃のスマッシュ・ドライブの打ち方は体全体を大きく使い、肩も使った大振りだったため、
肩が異常に弱かった俺は肩を壊してしまう。
肩を痛めていた時代は試合にもあまり出ず、練習してもまたすぐ痛めていた。
ずっとそんなのじゃダメだと思い、打ち方を変更。肩を使わずに腕と体重移動を使う打ち方に。
だがそれだとスピード・回転が落ちてしまうため、その分を取り戻すために筋トレを始める。
9月ごろ。なんとなく新しくラケットを買う。
ラケットはオクスフォードのFL(再び)と、スレイバーFXの特厚、モリストLPの薄。
前陣異質を中心にプレー。この頃はドライブも食い込ませる打ち方をするようになっていた。
ついでにカットマンの打ち方も多少覚え、オールラウンダーとして練習。
ちなみにこのあたりで先輩にラケット(ティモボルスパーク+ハモンドのやつ)を盗まれる。
この頃から「少しずつ」筋トレの成果も出てきて、卓球もどんどんうまくなっていった。
12月ごろ。出場した団体戦でのこと。市でトップクラスの選手と試合することに。
頑張って戦い、なんとか1セットとりつつも敗北。だが、1セット取ったおかげでうちの学校は
流れに乗り、団体としては勝利できた。この相手から1セット取れたのは嬉しかった。
他の学校との試合。相手の学校のエースとの試合。1セット目、2セット目は敗北。
だが、奇跡が起こったのは3セット目。
俺の調子が良かったのか作戦が良かったのか相手の調子が悪かったのか両方なのか。
11:0でラブゲームを取る。完全なる圧勝。めっちゃ嬉しかった。
だけど、調子に乗ってたら4セット目はふつーに負けたww
俺はこの頃が絶頂期だったな〜。
この頃のスマッシュが一番良かったし、ドライブも良かった。カットもちょっと覚えたし。
前陣異質型としてもまぁまぁ練習してたから、この頃がピークだわな。
2月ごろフォア面を張り替える。ハモンドプロαの特厚。
だが、ハモンドシリーズは表面で擦ることが難しいため、サーブが思うようにいかなかった。
そのため、粒高の利点が失われ、俺が最も弱い時代に突入。
3月の終わりに妹がスポ少をやめたため、妹のラケットを貰う。
しかし、使い方が非常に悪く、ラバーが死んでいた。
だが他のラバーがなかったので、それを使って女子と試合したが、敗北。
前述の通りハモンドシリーズはサーブで擦るのが難しいので、
裏面に回転のかかるラバーが欲しかったのだが、裏面は死んだスレイバーELだった。
中学3年生
5,6月ごろにラバー替え。買ったのはバック用のタキファイア・ドライブの厚。
このあたりでようやくハモンドプロαをほぼ完全に扱えるようになっていく。
7月、引退。引退後も部長が引退するまでは毎日部活へ行っていた。
引退した頃、知り合いからラバーを2枚貰う。タキネスCと、WINNINGだっけ?そんな名前のラバー。
両方とも高粘着性で、ハモプロと入れ替えて使ってみたのだが、両面とも高粘着性だと
相手の回転の影響が大きく、粒高相手が面倒だったためやめた。
タキネスはオクスフォードのフォア面に流用。WINNINGは棚にしまってある。
8月、夏休み中はたまに行く程度。
2学期。後輩と色々あるので、週に何度か部活に顔を出す程度。
部活やめてからずっと卓球したくてたまらないもんで、結構打ってたりする。
今の打ち方はハモプロのラケットでは、ハモプロが表ソフトのような特徴を持っていることを活かし、
スマッシュはハモプロ、ドライブはタキファイアで打つことが多い。
無論どちらかというと、であって、両方ともで両方の打ち方は多く使う。
粒高のラケットでは、以前と同じようにオールラウンダーとしてプレーすることが多い。
最近一番多く使う打法は、粒高ドライブ。粒高の面でドライブを打つようにして入れる打法。
他の人が使ってるところは見たことない。でも、タキネスの思いっきり回転のかかったドライブとの
変化が激しいので、カットマン相手に結構効果を発揮する。
あとは、ペンの持ち方でプレーすることも。(俺は基本シェークなんだけど、なぜかペンの方が強い)
粒ペン(バックは裏面打法で)や、ペンドラ、ペンドラ(粒高で裏面打法)、中ペンなんかをやってたり。
高校に行ってから卓球部に入る気はないので今は練習というより、楽しむためにやっている。
こんな感じ。
これが俺の卓球の歴史ってとこだね。5年(実質は2年半)だけだけど、結構色々あったな〜。
というわけで、以上。


